新聞配達と私 (今回相当長いです)

せっかくなので記事で振り返ります。

「思えばいろいろありました。新聞配達を始めたのは高校生になってからなので15歳の時です。

(その年に16になりました)その日から・・・とりつかれてたのかな~・・・?ww

今配っているのは上京して今の配達所に入って初めて配った区域です。

始まりと終わりが奇しくも同じ。個人的にはとても感慨深いです。」  とまぁつぶやきましたが

高校時代小遣い稼ぎに始めたバイトが実家近くの販売所のある新聞屋でした。

早起きにさえなれてしまえばあとは慣れで道順、配達する家を覚えて配れる簡単な仕事でした。

たまにあるチラシの多い日、雨の日、雪の日。それがどんな仕事より過酷なものでした。きついのはそれくらいです。

でもやはり学生でできる仕事、賃金は安いもんです。でもその分朝(状況してからは夕方)の決められた

時間さえ動けばあとは自分の時間。役者を目指していた自分、今では大道芸を練習する自分としては

生活さえしできれば十分な仕事でした。それに慣れきってしまったのがマズかったのかもしれませんね・・・。

でもそれを続けてきたからこその今の自分だ。とも納得できています。去年その販売所で統廃合があり

経営者がかわったんですがその前の所長が先代から長くその町でやってる一族の自分の恩人の息子さんでして

その方にも恩がありました。その方が去り自分ももうじき、と思ったときに10月、寮を引き払う話を受けました。

おそろしくボロい集合住宅ですが自分は自分の夢が叶わなければ終の棲家でいいや。と考えていたほど

住み続けた場所でした。なので会社をやめれば、そこに住めると思っていたのですが、

そこの大家さんも優しい方で、それでいて地域でのつながりを大事にする方でした。

地元では愛称で呼ばれるくらいの方で前の経営者一族とも仲がよく、その事でその集合住宅の契約も

珍しい紙を通さない約束での契約だったそうで、経営者が変わったことで契約書を交わす際

集合住宅の老朽化を理由に取り壊すため契約しないことになったそうでした。

まぁそれだけ酷い所でしたしそれでも住めていた自分にはまだ何とかなると思っていましたが

なんともならなかった事で、完全に地元とのつながりを絶たれたことを実感し気持ちの整理がつき、

今回辞めるに至りました。まぁ地元の繋がりが絶たれた訳ではないんですが、経営者が入れ替わり恩人がいなくなったこと

販売所の寮がなくなる事、それが新聞配達に固執していた気持ちの踏ん切りがついた理由です。

販売所に固執してきた理由の一つに 「芸で名を挙げて、かつ新聞配達をしていることで

世界一おもしろいヌンチャク使いのいる新聞販売所がある」というようなふれこみができたら

お祭り好きでにぎやかなことが好きだった先代の所長にいい恩返しになると思ってのことでした。

まぁ自分の考えだったんですが・・・間に合わなかったですねぇ。

そう言う意味でも統廃合のあった去年、今年と、「前に進む」や「不退転」などのモットーを持っていたわけです。

去年少しでもこの販売所を盛り上げようと前に進もうとした矢先の統廃合。前に進めませんでしたが、

今年、今現在の自分も今大変ですが自分の道でどんな事にも「不退転」の決意で進みたいと思います。

戦場否定する自分としてはシリアのあの連中が許せなくてシリアに行って大道芸してやる!と言ったことを

ブログからそこで働いているという理由で新聞社にクレームが来たこともありましたね。別にあの集団に

見せたいわけじゃなくあの集団で迷惑を被っている民間の方々に「こんな楽しい世界もある」という事を広めに

行きたいだけでしたが雇われてる段階では自重すべきでしたね。でも!辞める今ならはっきり言えます!

自分はシリアのキチガイ集団のなんたら国のクソどもの迷惑に悲しむシリアの方々に楽しくかっこいいヌンチャクを

いつか見せに行きます!シリアだけじゃない!くだらん諍いで理不尽な悲しみを強いられている紛争地域の

避難を余儀なくされてる方々に「悲しいことだけじゃない!国を変えればおもしろい事もある!」それを見せに行きたい!

と思っています。まぁしばらく求職し、そこで働くことにもなるかもしれませんし、芸一本で動き、

それこそ夢に進めるかもしれません。そのためにもこの言葉は今ここだけにしておきます。が、

人はどこの国、どこの街、どの時代でも、そこで生きていることで毎日を戦っているもんです。

にもかかわらずくだらん諍いや理解の差なんかで紛争を起こして泣きを見るのは民間。その理不尽な世界が

平和な国に生きている自分には理解したくないのです。「そういう国だから」そうなんでしょう。

でもその前までは諍いがなかったかもしれない。その諍いを生んだということは終わらせることもできるはず。

終わるまでどれだけ民間人は理不尽に悲しまなければならないのか?甘ったれた日本人の自分にはわかりません。

甘ったれているからこそこういう考えをしてるかもしれない。そんな考え一つでそんなところへ行っても何も変わらない。

当たり前に犬死するだけかもしれない。でも、人を楽しませるために生きているなら苦しんでいる人達を少しでも

多く楽しませたいと思うのも当たり前なんです!その結果死ぬかもしれなくとも、それが結果ならそうなんでしょう。

自分はこれまで新聞配達をしながら紆余曲折を経て大道芸に、ヌンチャクに出会い、人に楽しんでもらう道を見つけました。

今も、これからも自分に出来ることは自分の周りの人たちを楽しませることだけでしょう。ごく小規模かもしれない、

でもそれが自分の生き様だからこそ自分の夢や目標へは素直に逃げないと決めました。

この身の程知らずながら不屈めいた感性も、長く続けた新聞配達のおかげです。

・・・それでいつか目標を達成できて、生き残ることができたら、もしかしたらまた戻るかもしれません。

その時はまぁその時ですし、今現在そんな大それたことをする前に生活をどうにかしないといけませんし・・・(泣)


まぁそれはそれとして、学生時代、山口で3年、上京して17年近く。足掛け20年やってきた事への回顧のつもりでしたが

最終的に自分の夢への決意表明みたいになっちゃいましたが

ともあれこんな自分をバイトとして20年以上付き合ってくれてとても感謝します。この場を借りて、

ありがとう新聞配達。ありがとう読売新聞I販売所、M所長。お世話になりました。

1月残りを頑張って、2月からまた頑張ります!!

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No title

長い間お疲れ様でした
自分も中2から4年半
新聞配達のバイトを
していました
懐かしく色々な事を思い出しました
雪や雨も困りますが
配達中トイレに行きたくなるのも
困ったものでした
志士丸さんの思いがヒシヒシと
伝わって着ます
これからも応援しますよ!

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志士丸

  • Author:志士丸
  • 冷たい時代を打ち砕く
    孤高のヌンチャク武芸人

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