思い起こされた気持ち

昨日(7日)の池上春まつりでのパフォーマンス。
出来としては点数にならないような出来でした。
一週間前からコンビでの構成で考えていたんですが、
急遽ソロということになり、当日ということもあって
場当たり的な構成としましたが思い切ったことをして
あわや事故になりそうな場面もあったりと、さんざんでした。
それでも結果、何事もなくいつも通り笑ってもらって
(笑われて)終わりでしたが、これがコンビなら・・・。
きっと喝采はもらってただろうと考えました。
(主に相方のおかげになりますが)
パフォーマンスの感想はこうですが、
自分の本当に重く思ったのは主催の商店街の方々が
終了後の打ち上げを自腹でやっていた。ということです。
よく思い出してみると出店も商店街のお店ばかり、
地元のお店の方々だけでやっていたんです。
知名度も低く自分の出番には片付けを始めてるようなおまつり。
お祭りそのものに収益が出ていない。
そこに他人事ながらさみしさを感じました。
それなのにコンビで出るからと差し出がましく親しい間柄であれ
交通費程度でも報酬を要求するのは失礼甚だしいと思いました。
それと同時に、だったれば、来年、再び呼ばれるためにも
自分を見たいというお客さんをこのお祭りに呼べば、
お祭りも盛り上がり収益も出るのでは?と思い至りました。
(かなり明後日方向っぽいですが)

思えば今の自分は自分のやりたいことを
やりたいように表現できればそれでいい。
そう考えての自己努力してきています。
それを見てくれる方々が楽しんでくれればそれでいい。
そう考えていました。でも、そこには自分という逃げ道に
甘えてるだけなんじゃないか?と考え直し、かけています。
お祭りを盛り上げるためにも、お祭りのために自分を頑張らせる。
誰かの為に、何かの為にと思い努力する。
それは決して逃げられない結果が求められる。
とても怖い道なんじゃないか?考えないように
感じていたのがそれだったんだろうな。と思います。
この時、思った「お祭りのために」という気持ちは以前
YDCでの野毛大道芸の参加の際、思っていた気持ちでした。
「皆のために、ひいてはお客さんのために」
以前自分の独りよがりを指摘してくれた方々の意味が
ようやくわかったような気持ちです。
でも結局志士丸は志士丸です。反省しても
その反省を反省するような人間。どういう方向に行くかわかりません。
自分に出来ることをどうこうじゃなく、
自分が芸を見せる方々のために何ができるか
をゆっくり考えてみようと思います。
                       ではまた(´・ω・)ノシ

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