魔がさして・・・遠征記⑦ ―旅の終わり―  総評

JR仙台駅。来た時よりも少し荷物が重い。疲労や旅帰りのせいだけではないようだ。が、
まだ自分にはやるべき事がある。せめて、どこでもいいから避難所に行きたい。
避難所の子供たちに楽しさを届けたい。・・・余計なお世話かもしれない。アポイントもなく門前払いになるかもしれない。
それでもせめてあの震災を受けた人たちの所へいって自分の目でその人たちの心に触れたい。
その思いで路線案内からさっき聞いた名取の避難所を探す。あった。仙台駅からそんなに離れてない。
・・・少し拍子抜けしてる自分がいた。
(この辺は下卑た観光客心理です。せっかくならメディアでよく見るあの惨状を見てみたい。と思ってしまいました)
人々の無事を見たい反面、どれほどの被害だったかをこの目で見てみたい。と思ってしまっていて、
せっかくなら海沿いに行こう。と考え、よく耳にした石巻市を探し発見。かなり遠いが海沿いだ。
そこまでの切符を買いホームへ向かう。仙石線という路線。ホームに着くと案内板に点灯している駅名が途中の
東塩釜まででその先の石巻まで消えていた。その時はそれほど気にしてなかったけど、とりあえず乗車。
進む電車に、疲れ以上に景色が見たいという気持ちから立って外を見続ける。
外で遊んでる子供、水の張った田んぼ。のどかな景色である。東京でも放射線物質がどうとか言ってる人がいるが
それ以上にアレに近い宮城県が普通に生活している。くだらん風評に惑わされると言うのは馬鹿馬鹿しいもんだ。
と思いながら???と思う建物を見た。へしゃげながらめくれてる・・・?
広い川沿いの簡易倉庫のような建物。屋根からつぶれるようにへしゃげてたが外壁がベロンとめくれていた。
よくある田舎の景色なのか?あの津波でやられたのか?あえて考えないようにしながら東塩釜に着こうというアナウンス。
その中で「この電車は東塩釜から折り返しとなります。石巻へは代行バスが~」というアナウンス。
ああ、あのときの案内板のアレはこういうことだったのか・・・。仕方なく東塩釜に下車。代行バスへ。
バスには乗れた。切符のままでいいという。席に座りその前に備え付けてある時間表を見る。!!
2時間近くかかるのか!?そのときの時間はすでに3時近い。着いて5時。なんやかんややって6時は確実に越える。
んで新幹線に乗って、いやその前に同じ行程をたどって戻るとして・・・いかん・・・無理だ。
せっかく東塩釜まで来たのに諦めて引き返す。下卑た野次馬根性で惨状を見ようとした罰だったのかもしれない。
仙台駅まで戻った。このまま帰ろうかと思ったがせっかくなら代表の言っていた名取をのぞいて見よう。ダメなら帰ろう。
名取へ向かい、避難所である「名取文化~」と聞いていたのでそれらしい名前を探すと・・・あった。文化会館だ。
タクシーで現地へ向かう。その時、窓の外が異様な光景に映った。町並みが殺風景過ぎたのだ。
海が近いせいでもあるらしいが、一番の原因は津波で防風林が根こそぎ流されてしまった事だと言う。
そういえば仙台市街でも同じ事を聞いた。確かに風も強かった。仙台というところはそれだけ防風林や自然を利用し
自然と生きてきた街なんだと感心させられた。
さて、文化会館に到着。受付で自己紹介し、チャリティで子供たちを楽しませたいんですが・・・
風船を作ってあげるだけでもいいんですが、と申し出はしたが、名刺が切れていたのでどう信用してもらおうと考えると。
イベント終わりの雑談。代表がここに取材をしていた事を思い出す。代表の名刺を使い、
「この方に相談したらここの避難所を教えてもらいまして~」と伝える(ウソは言ってない!)
「わかりました。でも、皆さんを集める事はできないので回りながら子供たちになにかしてあげてください」
よかった!なにより無駄足にならずにすんだ!
いざ避難所内部へ・・・様々な形でそれぞれの方々大変な生活を強いられていた。
この方々は大変なものを奪われているんだろうな・・・。一刻も早い安定した生活をお祈りせざるを得ません。
せめて自分は子供たちと遊んであげよう。いろいろ回りながら会えた子供たちに風船を作ったりジャグリングを見せたり
もちろんヌンチャクを見せたり・・・いろいろ言われたりいじられたりしたけど笑顔はいっぱい見れました。
時間が少なかったのでひとしきりしか動けないまま子供たちと別れ受付にお礼を言って帰路につくことにした。
こんな事なら早い段階でここに来ていればよかった。と後悔。
名残を残しはすれそれでも旅は終わりへ近づく。なにより旅の目的であった
「自分がパフォーマーとしてステージをやりきることができるかどうかを試す」という目的は自分としては
じゅうぶん意味と意義のある成果を得ることができた。頼るものなくとも自分だけで(もちろん支えてくれる方々に感謝して)
自分のステージをやりきる。たとえお客さんが少なくとも、もう逃げるような事はしない。そんな自分を取り戻す事ができた。
この宮城県に来て自分はもしかしたら被災された方以上にいろんなものをもらったのかもしれません。
                                                  (゜∀゜ )言葉遣いころころ変わるなww
仙台駅で東京に帰る前に
 最後の牛タンおば、
 駅の構内のお店(名前は忘れちゃった)
 塩コショウと味噌で焼いた2種類を頼みました。
 もちろん付け合せは南蛮漬け。と野菜の浅漬け。
 思えば利久にも浅漬けはありました。定番なんでしょうね。
 味噌の香ばしさも牛タンとあってたな。塩コショウはもちのろんでした。
 お店を出てお土産もそこそこに新幹線に乗り込む。
その日の次の早朝の仕事の事が心配であんま気楽に帰れませんでしたwwでも。
パフォーマーとして初めて思い立ち、初めて遠征して、
初めて自分の力だけで終わらせた。これからの自信を得たこと。
これまでの自分を省みる機会が持てたこと。
遠征の仕方。この旅は本当に意味のある旅でした。 今度は仕事として足を運べたら嬉しく思います。
そのためにも、また同じ日本人として一刻も早い復興、それ以上の活気を持っていただきたいとお祈りしております!
最後に言わせていただきます。
ありがとう宮城県!一緒に頑張りましょう!
                                                          ではまた( ゜∀゜)ノシ

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